About JJRG/ JJRGについて

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Formerly part of ISCI Rugby Club, JJRG was officially formed in April 1st 2000 after more than 15 Japanese players were gathered.

We participate in the Asian Japanese rugby cup held every December, and our aim is to finish 3rd and above in the competition.

In addition, we also participate in local tournaments held around Indonesia.

The oldest player is 67 years old, and the average team age is 40 years.

We practice every saturday at ISCI (International Sports Club Indonesia) 4-6pm.
http://ja.foursquare.com/v/isci-international-sport-club-of-indonesia/4c5502ecb426ef3beefa9b8a

We are actively seeking new players, regardless of experience, nationality, and age! Everyone is welcome!

1996年ジャカルタ赴任後、ISCIラグビー部に入部した。外人のチームで日本人は高松(成蹊)、杉本(大商大)、上林(阪大)、梅川(東大)しかおらず、外人に混ざって毎週紅白戦を行っていた。

その後99年ころまでには、桶谷(早稲田)、藤野(成蹊)、前田(明学)、鈴木(東北大)、安斎(理科大)、勝山(京大)など口コミで日本人選手が徐々に増えてきていた。

99年バンコクでのアジアン・ジャパニーズ・ラグビー大会の記事が朝日新聞海外版にでかでかと掲載され、シンガポールの知り合いが送ってくれた。これを肴に飲んだとき

「ジャカルタだってアジアじゃん。俺らも出たいよね。」

「でも7人じゃ無理。」

「いや、集めれば、もっといますよ。人集めて参加しましょうよ。」

と、勝山が大乗り気で

「じゃ、選手募集してみようか。」

ということで選手集めすることになった。

日本人向けスーパー、当時一軒しかなかった“コスモ”に桶谷夫人作成のポスターを張り、ジャカルタの日本人ネット掲示板“よろずインドネシア”にもラグビー選手募集のスレッドをたて、仕事で客先を訪問すれば、必ずラグビー経験者いないか尋ねることを義務として勧誘を開始した。

選手は、あっという間に15人を越え、日本人チーム結成がかなった。忘れないように結成の正式日は、2000年4月1日とした。

チーム名は、JJRG:Jakarta Japan Rugby Gila (Gila:インドネシア語でCrazy)

よくあるJakarta Japanese R.F.C. としなかったのは、あくまでISCIラグビー部の一員であることを優先し、その中のテンポラリーチームであるという意識から。また、Japanese でなくJapanとしたのは、インドネシアにおいては、日本代表選手であるという自負からであった。

そして2000年AJRCシンガポール大会に初出場を果たした。デザイナーの林(1号)によるロゴもできた。ジャージも作った。選手総勢17名でシンガポールに乗り込んだ。

当時AJRCは15人制。交代選手は2名。60台の椎名と足を痛めてジョギングもままならない坂上。熱中症で救急車も来る炎天下、実質交代なしのメンバーで裏の優勝を果たした。

メンバー(記憶曖昧):椎名・坂上・渡辺・橋本・杉本・桶谷・根本・前田・藤野・柴崎・柴田・勝山・安斎・林・谷内・鈴木・窪田 (だったかな)

その後11年、選手は入れ替わり、しかしJJRGは続いている。

また嬉しからずや。