ルーツ超えワンチーム 元インドネシア代表の日本人 ラグビーW杯に膨らむ夢

ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会に、インドネシアからエールを送る日本人ラガーマンがいる。現地で商社を営む大矢洋平さん(34)で、2015、16年に日本人初のインドネシア代表選手として活躍した。ラグビーのナショナルチームは国籍主義を取っていない。「ルーツの異なる選手が代表でともにプレーするW杯を楽しんでほしい」と話す。

 兵庫県芦屋市出身。地元のラグビースクールで4歳の時から楕円(だえん)のボールに親しみ、県立高校を経て進んだ名門・同志社大では「1軍選手」を意味するファーストジャージーを勝ち取った。練習試合で首を負傷し大学選手権への出場がかなわず、卒業後は競技から離れた。

 転機は、10年に赴任したジャカルタで訪れた。在留邦人の誘いでアマチュアチームに入り、ラグビーへの思いが再燃。トレーニングを積み、代表資格要件の一つである「連続で3年以上居住」を満たすと、約40人が参加した選考を突破した。

 「(代表になる)チャンスが巡ってきたのでやるしかないと思った」。15年6月、国旗と同じ紅白で彩るインドネシア代表のジャージーに袖を通した。

 代表には首都から遠く離れたニューギニア島出身の選手や米国人もいた。「インドネシア人の誰もが応援してくれるわけではなかったが、懸命に取り組むうちにチームの絆は強くなっていった」。パワーや高い身体能力を持つ他の選手に、日本ラグビーを知る大矢さんが手先の技術や結束力の大切さを伝えた。15、16年に出場した3試合は全敗だったが、母国が異なる選手たちと同じピッチに立ったことが誇らしかった。

 現在は代表引退後に設立した会社を営む傍ら、ラグビーの普及にも力を注ぐ。ラグビーは人気スポーツでなく、用具も場所も用意しづらい環境だったが、競技人口は代表入りした15年当時の約1200人から約2000人にまで増えた。

 強豪アイルランドを破るなど、今大会の日本代表の躍進に心を震わせ「外国人選手は自国のほか多様な選択肢があるなか、日本代表を選んでくれた。日本のために頑張る外国人も応援してほしい」と話す。インドネシア代表の世界ランキングは9月30日現在、105カ国・地域中103位でW杯出場は難しい状況だが、「フィジーやトンガのように日本の高校にラグビー留学するような流れができ、インドネシア人が日本で活躍する。そんな日が来るといい」と夢を語った。【中島昭浩】

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